明治工芸

海野勝珉とは?加納夏雄も認めた金工作品の数々を紹介

info@x-knock.com

日本の伝統工芸には、時代を超えて人々を魅了する『匠の技』があります。その中でも明治期を代表する金工の巨匠として知られているのが海野勝珉(うんのしょうみん)です。

海野勝珉は、刀装具の技術を礎に、美術工芸としての彫金表現を極限まで高めた人物として有名です。緻密な造形力と繊細な表現力、そして和と洋の美を融合させた作風は、今もなお多くの人の心を掴んでいます。

「海野勝珉はどんな人物なの?」
「海野勝珉の代表作を知りたい」

この記事を読んでいる方の中には、上記のような疑問を抱えている方も少なくないでしょう。

そこで本記事では、海野勝珉の歩んだ軌跡や代表作を紹介します。金工に興味を持ち始めた方、あるいは美術工芸の世界を深く知りたい方はぜひ参考にしてください。

海野勝珉(うんのしょうみん)とは

海野勝珉は、1844年に常陸国・水戸(現在の茨城県)で生まれました。幼少より金属工芸に親しみ、叔父で水戸藩士だった海野美盛に金属彫刻の基礎を学びます。

その後、美盛の紹介により、水戸彫金界の名匠・萩谷勝平に師事し、本格的に彫金技術を修得。当初は「基平」と名乗っていましたが、後に師の「勝」と江戸時代の名彫金家・横谷宗珉の「珉」を組み合わせて「勝珉」と改名したといわれています。

さらに、絵画や漢籍も学び、芸術的教養を深めるなど、知識と技術の両面で高い水準を備えた人物でした。

加納夏雄を師として尊敬し、その教えを受けた

明治維新を迎えた1868年、海野勝珉は江戸へ上京します。そして明治9年(1876年)、東京・駒込千駄木町に自身の工房を構え、本格的に創作活動を開始しました。

この頃、海野勝珉は明治金工界の巨匠・加納夏雄に師事し、多大な影響を受けます。もともと海野が得意としていたのは、刀の鍔(つば)や縁頭などに施される精緻な装剣金具の彫金技術でした。

しかし、明治政府による廃刀令の発令により、武士の象徴であった刀が不要とされ、その装飾品である刀装具の需要も急減します。

こうした時代の大きな転換期において、海野は伝統技術を新たな金工彫刻へと応用し、美術工芸品としての価値を追求する方向へと進化させました。その柔軟さと高い技術は、師・加納夏雄の教えと精神を受け継ぐ姿勢にほかなりません。

海野勝珉の代表的な金工作品5選

ここからは、海野勝珉の代表的な金工作品を5つにまとめて紹介します。

牡丹図煙草入

牡丹図煙草入は、海野勝珉が明治29年に帝室技芸員に任命されるほど高い評価を受けていた時期の作品です。銀地の表面に立体的な牡丹文様を精緻に彫金し、隅にあしらわれた意匠が静かな余白を生み出す構成は、刀装具に通じる美意識が表れています。

柔らかな花弁や葉の動きが巧みに表現され、金属とは思えないほど自然な描写が際立ちます。装飾品でありながら、芸術作品としての完成度を誇る一作であり、勝珉の彫金技術の高さと美的感性を堪能できる逸品です。

松霊芝図花瓶

松霊芝図花瓶は、海野勝珉が得意とした片切彫(かたぎりぼり)技法によって制作された素銅製の花瓶です。モチーフには長寿や吉祥を象徴する松と霊芝が選ばれ、彫金による細やかな線描で水墨画のような風情が表現されています。

片切鏨を用いて角度をわずかに変えながら描かれた松の幹や葉は、まるで筆で描いたかのような柔らかさと力強さを併せ持ち、写実と装飾が見事に調和しています。加納夏雄の技を受け継ぎながら、独自の美を確立した勝珉の高度な技量が際立つ逸品です。

蘭陵王置物

海野勝珉の代表作のひとつが『蘭陵王置物』です。本作は、古代中国の武将・蘭陵王が雅楽「陵王」を舞う姿を題材とした作品で、宮中行事で用いられる仮面舞の様子が精緻に再現されています。

金属着色や象嵌、打ち出しといった多彩な金工技術を駆使し、装束の内側に至るまで細やかな文様が施されているのが特徴です。仮面を外すと演者の素顔が現れる構造も含め、写実性と技巧性が融合した明治工芸の真髄が感じられる作品です。

太平楽置物

太平楽置物は、海野勝珉が手がけた明治期金工の傑作のひとつです。「太平楽」は国家の安泰や慶事の際に舞われる舞楽であり、本作ではその優雅な舞人の姿が写実的に表現されています。

金象嵌や打ち出し技法を駆使し、衣装の膨らみや質感、兜や装身具の細部に至るまで緻密に作り込まれています。特に豪華な装束の表現は、当時の金工技術の最高峰を示しており、海野勝珉の技巧と芸術性が見事に融合した作品です。

岩上鶺鴒置物

出典:皇居三の丸尚蔵館

岩上鶺鴒置物は、明治を代表する金工家・海野勝珉と、その師である加納夏雄の合作による希少な作品です。岩上に佇む鶺鴒(せきれい)の姿をモチーフに、銀による精緻な造形で羽の質感や姿勢の動きを巧みに表現しています。

土台は洲浜形の木製台で、前田家当主・前田香雪の意匠によるものです。本作は明治天皇の大婚25周年を祝う奉祝品として、東京革商組合から献上されました。

師弟二人の卓越した技が融合した、明治金工の粋を集めた逸品です。

海野勝珉の歴史・年表

ここでは、海野勝珉の生涯の主な出来事を年表形式で紹介します。

年(元号)出来事
1844年(弘化元年)常陸国水戸下市肴町にて、伝右衛門の四男として生まれる。
1853年(嘉永6年)叔父・海野美盛および萩谷勝平に彫金技術を学び、名を「基平」とする。
1868年(明治元年)明治維新とともに上京。
1871年(明治4年)「勝珉」と改名。名前は師・萩谷勝平の「勝」と横谷宗珉の「珉」から取ったとされる。
1876年(明治9年)駒込千駄木町に工房を構え、彫金作家として独立。
1877年(明治10年)第1回内国勧業博覧会に出品し受賞。
1881年(明治14年)第2回内国勧業博覧会で褒状を受ける。
1890年(明治23年)「蘭陵王置物」で妙技一等賞を受賞し、一躍名声を得る。
1891年(明治24年)東京美術学校(現・東京藝術大学)助教授に就任。
1894年(明治27年)同校教授に昇進。
1895年(明治28年)第4回内国勧業博覧会で審査員を務める。
1896年(明治29年)帝室技芸員に任命される。
1905年(明治38年)勲六等瑞宝章を受章。
1915年(大正4年)逝去(享年71歳)。没後、従四位・勲四等に叙される。

海野勝珉は幕末から明治・大正にかけて活躍した金工家で、その生涯は日本の近代工芸史と重なります。水戸で伝統的な彫金技術を学び、明治維新後は東京へ進出。

内国勧業博覧会での受賞や東京美術学校での教育者としての活動、帝室技芸員への任命など、時代を代表する金工作家として地位を確立しました。その歩みは、伝統を守りながらも新たな工芸表現を切り拓いた軌跡といえます。

海野勝珉が作る金工作品の特徴3選

ここでは、海野勝珉が作る金工作品の特徴を、3つにまとめて紹介します。

特徴①:超絶技巧の金工技術

海野勝珉の最大の魅力は、見る者を圧倒するほどの「超絶技巧」と称される彫金技術にあります。海野勝珉の作品は、刀装具をはじめとする武具装飾から、美術的な装飾品に至るまで、金属とは思えないほどの繊細さと写実性を備えています。

たとえば、昆虫の羽に見られる透明感や、花弁の柔らかな質感、鳥の羽毛の一本一本までもが金属で精緻に再現されています。その精度と表現力は、現代の熟練工芸家でも容易に模倣できるものではありません。

彫金における打ち出し、象嵌、透かし彫りなどの技法を駆使しながら、細部に宿る命や気配までも表現した勝珉の技術は、まさに明治工芸の真骨頂ともいえるでしょう。

特徴②:伝統と西洋美術の融合

海野勝珉の作品は、伝統的な江戸金工の技法を土台としながらも、西洋美術の影響を巧みに取り入れている点が大きな特徴です。日本古来の彫金技術を踏襲しつつ、構図に遠近法を加えることで立体感を演出。

動植物や人物の表情には西洋絵画に見られる写実主義を反映させました。こうした表現は、従来の平面的な工芸とは一線を画し、見る者に奥行きと生気を感じさせる独自の世界観を築いています。

特に、西洋的な構成と和の繊細な技巧を融合させた彼の作風は、新時代の金工芸術のあり方を示す先駆的存在となりました。また、日本美術の近代化においても重要な役割を果たしました。

特徴③:素材の多様性がある

海野勝珉の作品には、素材の多様性があることも特徴のひとつです。金・銀・赤銅(しゃくどう)・四分一(しぶいち)など、複数の金属を巧みに使い分ける高度な象嵌(ぞうがん)技法が取り入れられています。

金属素材は、それぞれ異なる色味や質感を持ち、勝珉はそれらを組み合わせることで立体感と色彩のコントラストを巧妙に表現しました。ひとつの作品の中に異なる輝きや奥行きを生み出すことにより、作品に豊かな表情と動きを与えているのです。

また、素材ごとの経年変化も計算されており、時間とともに美しさが増す点も魅力のひとつ。こうした多素材を自在に扱う高度な技術と美的感性は、まさに海野勝珉ならではのものであり、作品を見る者に深い感動と強い印象を残します。

海野勝珉の作品を見られる美術館

海野勝珉の卓越した金工作品を実際に鑑賞できる美術館としては、下記の2つがあります。

まず皇居東御苑に位置する「三の丸尚蔵館」が挙げられます。『蘭陵王置物』『太平楽置物』など、勝珉の代表作とされる明治金工の傑作が所蔵・展示されており、その精緻な技巧を間近で味わうことができます。

また、東京藝術大学美術館にも海野勝珉の作品が収蔵され、特別展などで公開されることがあるのです。いずれの施設も、明治の美術工芸の粋を伝える貴重な場であり、海野勝珉の世界に触れたい方にはおすすめのスポットです。

銀座真生堂では明治期の作品を取り扱っています

銀座真生堂では、海野勝珉の作品と同じ時代に作られた明治の工芸品「七宝焼」を取り扱っております。七宝焼は美しい模様や色彩が表現された、現代の技術では再現できないとされる超絶技巧品です。

銀座真生堂は、唯一の明治期の七宝焼専門店として常時、並河靖之、濤川惣助など名工の作品を保有できています。美術館などでガラス越しにしか見ることが出来なかった並河靖之、濤川惣助の作品を実際にお手に取って鑑賞、ご購入出来る唯一のギャラリーです。

また、銀座真生堂では所有している作品を美術館での展覧会などへ貸出すなど文化活動も行なっております。ご興味のある方は、気軽にお問い合わせください。

まとめ

海野勝珉は、明治という激動の時代に活躍した日本金工界の巨匠です。刀装具から美術工芸品へと表現の幅を広げながら、彫金技術を芸術の域にまで高めた人物として知られています。

加納夏雄に師事し、その教えを受け継ぎながらも、自らの作風を確立し「蘭陵王置物」や「太平楽置物」など数々の名品を世に残しました。海野勝珉の作品は、多様な素材を駆使した象嵌技法や、和と洋の美が融合した独自の表現が見られ、超絶技巧と呼ぶにふさわしい完成度を誇ります。

現在でも三の丸尚蔵館や東京藝術大学美術館でその作品を鑑賞することができます。明治工芸の真髄に触れたい方は、ぜひ一度その世界を覗いてみてはいかがでしょうか。

執筆者
銀座真生堂
銀座真生堂
メディア編集部
七宝焼・浮世絵をメインに古美術品から現代アートまで取り扱っております。 どんな作品でも取り扱うのではなく私の目で厳選した美しく、質の高い美術品のみを展示販売しております。 このメディアで、美術品の深みや知識を発信していきます。
記事URLをコピーしました