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銀座真生堂は、明治期に生み出された
七宝焼を扱う専門の販売店です。
並河靖之、濤川惣助をはじめとする名工の作品を常時所有し、
明治期の七宝焼を専門に扱う唯一の存在として歩んでまいりました。
実際に手に取り、その精緻な美をじっくりご鑑賞いただける稀少な場でございます。
在庫作品はご予約制でご覧いただけます。
作品から探す
七宝焼は、江戸時代後期に梶常吉によって生み出された、日本の伝統工芸技法です。
金属や陶器の表面にガラス質の釉薬を絵の具のように塗り、高温で焼成することによって、美しい模様や色彩が表現されます。
古美術(骨董品)は、歴史的・文化的価値を持ち、技術や美術性が高いとされる古い美術品や工芸品です。
1950年頃以降に制作された社会や思想、概念などをテーマにした自由な表現の美術を指します。
それまでの手法とは異なり、現代アートは作品形態や技法に囚われない性質を持つのが特徴と言えます。
作家から探す
【弘化2年(1845年)-昭和2年(1927年)】
明治期の七宝界を代表する作家の一人で京都を中心に活躍されました。国内外の博覧会での受賞歴は三十一回に及びます。
独自の色彩、形状、意匠で個性的で魅力的な作品を制作し、現在も世界中のコレクターを魅了し続けています。
美しさにこだわり続け、有線七宝を芸術にまで昇華させた偉大な七宝作家でございます。
【弘化4年(1847年)-明治43年(1910年)】
東京を中心として活躍した明治期を代表する七宝作家の一人です。
日本画を七宝で表現することを目指し、無線七宝を発案しました。
無線技法によって生み出された作品が国内外の博覧会で高く評価され、その功績によって京都の並河靖之と共に
帝室技芸員にも選ばれ、二人のナミカワと評されました。
【天保2年(1831年)-大正4年(1915年)】
愛知県の尾張(おわり)海東郡遠島(とおしま)村の出身。
文久元年(1861年)林庄五郎から七宝焼の技法を学ぶ。
開港まもない横浜で外国人に製品を販売し、
明治政府の七宝焼輸出のさきがけとなった。
明治20年名古屋七宝組合を設立、27年七宝補習学校を
ひらいた作家でございます。
【明治9年(1876年)-昭和31年(1956年)】
名古屋で安藤七宝店を創業。
明治期には国内外の博覧会で多数の賞を受賞しました。
「有線」「無線」「省胎」「盛上」など多彩な技法を使い分け、完成度の高い優品を数多く残しています。
皇室からの受注制作を担うなど、その技術力と評価は非常に高く、七宝業界の発展に大きく貢献した作家でございます。
【安政3年(1856年)-大正10年(1921年)】
安藤七宝店の工場長として活躍した名工です。
工場長という立場上、個人制作に割ける時間が限られていたため、現存作品は極めて少ない。
しかし、残された作品はいずれも一点一点丁寧に制作されており、いずれも名品級です。
その完成度の高さから、卓越した技術を有した作家であったことがうかがえます。
明治21年に開業しました。
明治23年の第三回内国勧業博覧会に初出品して以来、国内外の博覧会で活躍した作家です。
皇室からの受注制作も手がけるなど、その技術と品格は高く評価され、高級品を世に残しています。
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七宝焼や明治工芸の歩み、名工たちの足跡につきましては、弊社メディアにてより詳しく紹介しております。
作品の背景に息づく美を、どうぞお楽しみください。
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