明治工芸

安藤緑山とは?象牙彫刻で作られた作品や歴史を紹介

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安藤緑山(あんどう ろくざん)は、明治後期から昭和初期にかけて活躍した象牙彫刻の名工です。

その作品は野菜や果物を象牙で彫り上げ、彩色まで施したもので、あまりの精巧さに『本物よりも本物らしい』と評されています。緑山は弟子を取らず一代限りで技を極めた職人で、彼の作品は超絶技巧なものばかりです。

  • 「では、安藤緑山の作品はどんな作品?」
  • 「安藤緑山の歴史や年表は?」
  • 「安藤緑山の作品はどこで見れる?」

なかには、上記のように安藤緑山について知りたい方もいるでしょう。

そこで本記事では、安藤緑山とはどのような人物なのかを、作品の特徴や経歴を交えて紹介します。あわせて、安藤緑山の作品を鑑賞できる美術館を紹介するので、ぜひ参考にしてください。

安藤緑山とは

安藤緑山は、日本の彫刻家・牙彫師です。1885年に東京・浅草で生まれ、本名は萬蔵(まんぞう)といいます。幼少期に父を亡くし、金工家の安藤弥次郎の養子となります 。

20代頃には職人街である下谷御徒町に住んで象牙彫刻の制作に励みました。象牙彫刻とは、ゾウの牙を素材として彫刻を施した美術品のことです。

象牙は古くからその美しい光沢と緻密な彫刻に適した硬さで珍重されてきました。当時の象牙彫刻は明治時代に最盛期を迎えており、大正時代になると人気が下火になっていきました。

しかし、緑山はその沈静化した時期にあえて挑み、象牙に彩色をするという独自の手法を生み出しています。そのため、安藤緑山の彫刻と染色技術で制作された彫刻は、美術愛好家やコレクターから高く評価されています。

安藤緑山の生きた時代背景

安藤緑山が活躍した明治末から昭和前期は、日本の美術工芸が大きく変遷した時代でした。とくに、象牙細工は明治の海外輸出向け工芸品として発展し、パリ万博などの国際博覧会で高い評価を得ています。

しかし、大正時代に入ると、牙彫ブームは沈静化しました 。多くの職人が廃業や転業を余儀なくされ、技巧の継承にも影響します。

そんな、象牙細工が廃れかけていた時代に登場したのが安藤緑山です。彼はあえて廃れかけた象牙彫刻に挑戦し、独自のリアリズム表現を追求しました。

当時の常識ではタブー視された象牙に着色を行い、野菜や果物など身近な自然物を題材に選びました。昭和時代に入る頃、牙彫の人気はさらに低迷します。

それでも、安藤緑山は創作を続け、異国の地で象牙彫刻の指導を行った記録もあるほどです。

安藤緑山の代表的な作品4選

安藤緑山が遺した作品は現存するものだけでも50点以上あるとされますが 、その中でも特に有名な代表作を4つご紹介します。

  1. 『 竹の子に梅』
  2. 『三茄子(さんなす)』
  3. 『密柑(みかん)』
  4. 『柿(かき)』

1.  『竹の子に梅』

出典元:独立行政法人国立美術館

 象牙で作られた竹の子と梅の枝の置物で、緑山の最高傑作とも言われている一品です。全長37cmもの大作で、一見すると本物の竹の子と梅の一枝にしか見えません。

竹の子の根元部分は採れたてのような薄紅色に染められ、皮の毛羽立ちや梅の葉の虫食い穴まで表現されています。刻々と変化する自然物を象牙に掘り起こした技術はまさに超絶技巧品です。

緑山芸術の集大成ともいえる本作は、展覧会でもひときわ高い評価を受けています。

2.『三茄子(さんなす)』

出典元:独立行政法人国立美術館

枝に実った3つの茄子と一輪の花を象った牙彫置物で、緑山の彩色技術が遺憾なく発揮された作品です。艶やかな紫色に染められた茄子の表皮、ヘタ部分の微妙な色合い、白い花弁まで、すべて象牙でできています。

特に茄子の濡れたような光沢や所々露出した象牙の白い部分は生々しいと評価されています。これほどまでに精巧に掘られた象牙は本物と遜色ない作品です。

この神秘的な彩色がどう行われたのかは長らく謎でした。しかし、近年の調査で象牙を染料に浸す独自の方法で行われている可能性が高いとされています。

3.『密柑(みかん)』

出典元:独立行政法人国立美術館

3つのみかんの実を写実的に再現した牙彫置物です。うち1つのみかんは皮が剥きかけの状態で、中の果肉の白い薄皮までこだわっています。

みかん表面のザラザラとした質感や色むらも巧みに彩色されており、果実のみずみずしささえ感じられます。象牙彫刻でここまで丸みのある球体を作り、尚且つ皮を剥いた断面まで表現するのは極めて高度な技術です。

実はこの『密柑』という作品、かつて皇室関係者に伝来した記録がある逸品で、現在は上野の森美術館に所蔵されています。緑山作品の中でもユニークな存在として評価が高いです。

4.  『柿(かき)』

出典元:独立行政法人国立美術館

2つの熟れた柿の実が枝についた様子を表現した牙彫置物です。鮮やかな橙色に色付けされた柿の実には黒い斑点までもが再現され、枯れかけた枝と相まって、まるで秋の日に庭先で見かける柿のようです。

1920年に東京彫工会の競技会に出品された作品で、緑山のキャリア初期の代表作と考えられています。大変緻密な出来栄えから当時も高く評価され、後年この作品は皇族である高松宮家に伝わりました。

現在は宮内庁三の丸尚蔵館に所蔵されており、皇室ゆかりの名品として扱われています。柿の瑞々しさと秋の物寂しさを同時に感じさせるような芸術性には定評があり、緑山が芸術作品として牙彫を昇華させたことを示す名品です。

安藤緑山の歴史・年表

安藤緑山の生涯の主な出来事を年表形式で紹介します。

年数詳細
1885年東京・浅草で出生。本名は小澤萬蔵
1888年父を亡くし、3歳で金工作家・安藤弥次郎の養子となる 
1900年代初頭東京の職人街で象牙彫刻を学び始める。師は大谷光利
1910年下谷御徒町(東京・台東区)に居住し、独立した牙彫師として活動
1920年東京彫工会競技会に『柿』などの作品を出品
1923年関東大震災で自宅が全焼。これを機に東京・雑司が谷へ転居
1939年東京・板橋区向原に転居。数多くの果物・野菜を題材とした牙彫置物を制作
1943年伊勢丹の依頼で、日本占領下のインドネシア(スマトラ島)へ赴任。現地で象牙彫刻の指導を行う
1945年太平洋戦争終結。戦後は牙彫の需要が減り、緑山の活動も徐々に知られなくなる。
1959年73歳で死去

安藤緑山が作る彫刻作品の特徴3選

安藤緑山の牙彫作品には、共通して挙げられる大きな特徴が3つあります。

  1. 象牙に彩色を施している
  2. 細部まで精巧な作り
  3. 果物や野菜の作品が多い

1. 象牙に彩色を施している

安藤緑山の作品における最大の特徴は、象牙彫刻に色付けをしている点です。当時は、多くの牙彫は象牙本来の白い肌合いを活かすのが主流でした。

しかし、緑山はその常識に背を向け、自ら彫り上げた象牙に独自の染色を行いました。象牙に色を染み込ませるのは難しく、緑山は象牙を染料に漬け込むような方法で均一に染色していたとも考えられています。

染料には無機系の顔料を用いた可能性が高いことも最近の分析で判明しました。鮮やかな紫の茄子や薄紅色の竹の子など、素材に命を吹き込む色彩表現は緑山ならではであり、多大な評価を得ています。

象牙という素材に写実的な色を載せた緑山の作品は、唯一無二の存在感を放っています。

2. 細部まで精巧な作り

安藤緑山の作品は細部の細部まで緻密に彫刻されていることに驚かされます。例えば『竹の子に梅』では筍の皮の繊維一本一本や梅の葉脈、虫食い穴までも彫り込まれています。

『胡瓜(きゅうり)』の作品では、表面の小さなイボに至るまで繊細に表現され、本物の野菜さながらです。緑山は彫刻を完成させてから彩色しており、彩色後にも一部を削って白を露出させることをしていました。

通常は一本の象牙から削り出す牙彫ですが、緑山は複数の象牙パーツを極小のネジで接合し、組み立てています。このように、精巧さが緑山作品の真骨頂であり、見る者を圧倒する理由となっています。

3. 果物や野菜の作品が多い

安藤緑山は、題材選びで身近な果物や野菜をモチーフにした作品が多いです。代表作で挙げた竹の子と梅、茄子、蜜柑、柿など、実に様々な食物・植物を象牙で作っています。

緑山は敢えて日常的な素材を選ぶことで、そのリアルさを際立たせる効果を狙ったとも考えられます。野菜や果実は形状・質感・色彩が多様で、超絶技巧を発揮するには格好のテーマでした。

このように、果物・野菜作品の数々によって、緑山は身近な自然物をアートに昇華させました。日常の何気ない題材を選びつつ、それらを極限まで美しくリアルに表現した点が、緑山作品の他にない魅力となっています。

安藤緑山の作品が鑑賞できる美術館

安藤緑山の作品は現在、以下の国内の美術館や博物館に所蔵されています。

  • 京都国立近代美術館
  • 三の丸尚蔵館
  • 三井記念美術館
  • 清水三年坂美術館

安藤緑山の作品は主に上記の美術館で鑑賞できます。とくに、京都国立近代美術館では数点が常時所蔵されており、明治工芸に関する展示をみることができます。

興味のある方は、鑑賞できる機会を逃さないようにしましょう。

銀座真生堂では明治工芸品を取り扱っています

明治期の工芸品に興味を持った方は、銀座真生堂というギャラリーにも足を運んでみてください。銀座真生堂は、明治時代の七宝焼を専門に扱っており、並河靖之や濤川惣助といった名工の七宝焼を取り扱っています。

七宝焼以外にも、明治期の作品を幅広く揃えており、店主が自らの目で厳選した質の高い美術品を紹介しているのが特徴です。

明治期の芸術作品を間近で見たり購入したい場合には、一度足を運んでみてください。専門スタッフの知識を通じて、超絶技巧である七宝焼の世界をさらに深く味わうことができます。

まとめ

安藤緑山は、象牙彫刻家として明治期から昭和後期にかけて日本の近代美術史の歴史を作った一人です。卓越した彫刻技術と独創的な彩色により、身近なモチーフをリアルに表現した作品群は、日本近代美術の象徴となっています。 

また、安藤緑山の作品の魅力は、私達の日常で身近な果物や野菜を象牙に精巧に掘り起こしていることです。碌山は弟子を取らなかったために、その技術は受け継がれず、現代では『超絶技巧』の象徴として評価されています。

もし、彼の作品を目にする機会があれば、ぜひ細部まで観察してみてください。象牙に施された細かいこだわりを美術館で鑑賞できるでしょう。

そして、安藤緑山という人物の偉大さと、作品が持つ美しさを感じてみてください。

執筆者
銀座真生堂
銀座真生堂
メディア編集部
七宝焼・浮世絵をメインに古美術品から現代アートまで取り扱っております。 どんな作品でも取り扱うのではなく私の目で厳選した美しく、質の高い美術品のみを展示販売しております。 このメディアで、美術品の深みや知識を発信していきます。
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