明治工芸

正阿弥勝義とは|超絶技巧の金工作家の生涯と代表作5選

info@x-knock.com

正阿弥勝義(しょうあみ かつよし)は、幕末から明治・大正期にかけて活躍した金工家です。彫金師の家系に生まれ、刀装具の制作を出発点に、香炉や置物、額装など多彩な金工作品を手がけました。

特に、象嵌や高肉彫といった高度な技術を駆使した写実的な表現により、国内外の美術展でも高く評価されています。

「正阿弥勝義はどんな人物なの?」
「正阿弥勝義の代表作を知りたい」

正阿弥勝義に興味のある方のなかには、上記のような情報を求めているでしょう。

そこで本記事では、正阿弥勝義の生涯や代表作品、その特徴を紹介します。金工作品に興味がある方は、ぜひ参考にしてください。

正阿弥勝義(しょうあみかつよし)とは

正阿弥勝義は、1832年(天保3年)に津山藩お抱えの彫金師・中川五右衛門勝継の三男として生まれました。幼名・通称は淳蔵、工名が勝義です。

幼少期より父に彫金技術を学び、江戸の彫金家への弟子入りを目指すも果たせず帰郷。その後、18歳で岡山藩の御抱え彫金師・正阿弥家の婿養子となり、家督を継ぎました。

江戸幕府や朝廷の御用職人であった実兄・中川一匠や、その師・後藤一乗との交流を通じて、写生や作品のやり取りによる指導を受け、技術を磨いていきます。

清水三年坂美術館に所蔵されている初期の刀装具や短刀の拵えからも、若い頃から高度な彫金技術を持っていたことが確認されています。

正阿弥勝義の代表的な金工作品5選

ここからは、正阿弥勝義の代表的な金工作品を5つにまとめて紹介します。

蓮葉に蛙皿(はすはにかえるざら)

「蓮葉に蛙皿」は、正阿弥勝義が手がけた写実性に富んだ小品です。素銅を地金とし、鋤彫(すきぼり)で蓮の葉脈を、細かな槌目で葉の質感を精緻に表現。

虫食いの跡や葉の枯れ具合まで丁寧に再現されています。特に注目すべきは、巻いた葉の上に飛び乗る雨蛙の姿であり、一瞬の動きをとらえた造形は圧巻です。

小さな皿の中に自然の生命感が凝縮されており、勝義の高い観察力と卓越した彫金技術を感じさせる作品です。

雪中南天樹鵯図額(せっちゅうなんてんじゅひよどりずがく)

出典:文化遺産オンライン

「雪中南天樹鵯図額」は、正阿弥勝義が手がけた額装の金工作品です。雪の積もった南天の実をついばもうとする一羽の鵯(ひよどり)の姿が描かれています。

地金には四分一(しぶいち/銅と銀の合金)が用いられ、鵯や南天の枝葉、果実などが高肉彫と象嵌によって写実的に表現されています。雪を被った枝の重みや鵯の羽毛の柔らかさまで繊細に彫られており、自然の一瞬を金属で表現した秀作です。

廃刀令以降、美術工芸品の制作に活路を見出した勝義の作風を代表する一点であり、写実性と素材の多様性を融合させた高度な表現技術が光ります。この作品は、彼の芸術性と金工としての革新性を語る上で重要な作例のひとつです。

群鶏図香炉(ぐんけいずこうろ)

「群鶏図香炉」は、正阿弥勝義の代表作のひとつとして知られる彫金作品です。銀製の本体に金、銀、赤銅(しゃくどう)、素銅(すあか)など多彩な金属を組み合わせ、象嵌技法により複数の鶏を写実的に表現しています。

ドーム状の蓋には小菊が高肉彫で施され、摘みには立体的な雄鶏が丸彫で表現されるなど、細部に至るまで高度な彫金技法が駆使されています。

素材の質感や色味の違いを活かしながら、自然の美しさと生命感を巧みに表現した本作は、正阿弥勝義の技術力と芸術性を象徴する逸品です。

芦葉達磨像(ろようだるまぞう)

「芦葉達磨像」は、正阿弥勝義が構想と素材選定にこだわって制作した立体彫刻作品です。素材には素銅、赤銅(しゃくどう)、緋銅、白四分一、黒四分一、銀、金、錫など多様な金属が用いられています。

部位ごとに異なる質感と色彩で達磨大師の姿を立体的に表現していることが特徴です。本作には勝義自筆の制作記「銅刻達磨大士造設ノ記」が付属しており、作品への深い考証と情熱が記されています。

宗教的荘厳さと芸術的完成度を両立した本作は、明治期の金工作品の中でも極めて高い文化的価値を持つ逸品として評価されています。

猿猴置物(えんこうおきもの)

出典:アートアジェンダ

「猿猴置物」は、正阿弥勝義が手がけた縁起に富んだ金工作品です。銀地の瓢箪と赤銅の茄子を抱えた二匹の猿が主役で、彼らの視線の先にはそれぞれ蜂と天道虫がとまっています。

瓢箪は「身代わり」「末広がり」として吉兆を表しています。茄子は「毛がない(ケガない)」から「家内安全」さらに「成す」の語呂合わせで繁栄を象徴しているのです。

また、蜂(封)と猿(侯)の音を掛けて「封侯図(出世)」の意味も込められています。金属の異素材を使い分けながら、細部の造形や表情にまでこだわった写実的な仕上がりは、勝義の高度な彫金技術の結晶です。

造形の美しさと寓意の深さが融合した本作は、美術工芸としての完成度と同時に、吉祥の象徴としても価値ある逸品といえるでしょう。

正阿弥勝義の歴史・年表

ここでは、正阿弥勝義の生涯の主な出来事を年表形式で紹介します。

年代出来事
1832年(天保3年)津山藩お抱え彫金師・中川五右衛門勝継の三男として生まれる。幼名・淳蔵。
〜1840年代父から彫金を学び、江戸の彫金家に弟子入りを試みるが果たせず帰郷。
1850年(嘉永3年)岡山藩御抱え彫金師・正阿弥家に婿養子として入り、9代目を襲名。
1850年代〜兄・中川一匠や後藤一乗と作品・図案のやり取りを通じて交流・指導を受ける。
1871年(明治4年)廃藩置県により岡山藩との雇用関係が終了。生活基盤を失う。
1876年(明治9年)廃刀令により刀装具制作の需要が激減。彫金作家として美術工芸品制作に転向。
1878年(明治11年)神戸の貿易商経由でイギリス商人と契約し、大衝立など輸出用美術工芸品を制作。
〜1881年頃(明治14年頃)加納夏雄らと大衝立を3年かけて完成。現在はボストン美術館が所蔵。
1899年(明治32年)美術研究のため京都へ移住。以後10年間に多数の優品を制作。
1908年(明治41年)脳卒中のため京都で逝去。享年77歳。

正阿弥勝義は、江戸後期から明治・大正にかけて活躍した金工家であり、その人生は時代の大きな転換と共にありました。

若くして正阿弥家の家督を継ぎましたが、廃藩置県や廃刀令といった制度改革により刀装具の需要が失われる中で、実用品から美術工芸品への転向を迫られます。

輸出用工芸品や博覧会への出品などを通じて、国内外で高く評価され、晩年は京都に移りさらなる創作に励みました。年表を通して、技術者としての柔軟さと革新性、そして不屈の創作意欲が読み取れます。

正阿弥勝義が作る金工作品の特徴3選

ここでは、正阿弥勝義が作る金工作品の特徴を3つにまとめて紹介します。

特徴①: 精緻な彫金と写実表現

正阿弥勝義の作品において最も際立つ特徴のひとつが、極めて精緻な彫金技術と、それによって生み出される写実的な表現です。動物や植物など自然のモチーフを題材とした作品が多く、細部まで丁寧に彫り込まれています。

その描写力は、単に形を模すのではなく、本物を手にしているかのような感覚を呼び起こすほどです。素材の特性を活かしながら、陰影や質感の違いまで巧みに表現するその技術は、まさに正阿弥勝義ならではの到達点といえるでしょう。

写実性を追求する中にも、品格と情緒が宿る点が、彼の金工作品に深い魅力を与えています。

特徴②:高度な象嵌技術

正阿弥勝義の金工作品を語るうえで欠かせないのが、異種金属を巧みに組み合わせる高度な象嵌(ぞうがん)技術です。

正阿弥勝義は、金、銀、赤銅(しゃくどう)、四分一(しぶいち)といった性質や色味の異なる金属を用い、模様や立体感、色彩表現を自在に操りました。その技法は単なる装飾にとどまらず、色のコントラストや質感の差異を引き立てることで、作品全体に深みと奥行きをもたらしています。

例えば、南天の赤い実と雪の白、葉の青銅色を使い分けることで、自然の情景を写実的かつ詩的に再現。これにより、観る者の視線を惹きつけ、工芸の域を超えた芸術性を確立しています。

こうした象嵌表現は、素材そのものの美しさを引き出すと同時に、勝義の繊細な感性と職人的熟練の融合を感じさせる重要な特徴です。

特徴③:芸術性と実用性の融合

正阿弥勝義の作品には、芸術性と実用性が高度に融合しているという特徴があります。もともと刀装具の制作をしていましたが、廃刀令により刀剣需要が消失したことで香盒や印籠、文鎮などの実用品へと創作の幅を広げました。

これらの作品は、観賞用としての美しさを備えているだけでなく、実際に日常で使用することが想定されています。重さや手触り、蓋の開閉のしやすさといった細部に至るまで、使用感への配慮が行き届いているのです。

見た目の美しさと機能性を兼ね備えた作品は、まさに用の美を体現しており、勝義の職人としての矜持と創意工夫が随所に感じられます。芸術作品でありながら暮らしに根ざすものとして成立している点こそが、彼の金工作品に独自の価値と深みを与えているのです。

正阿弥勝義の作品を見られる美術館

正阿弥勝義の金工作品を実際に鑑賞できる場所としては、多くの場所があります。

  • 東京国立博物館
  • 京都国立近代美術館
  • 清水三年坂美術
  • 野崎家塩業歴史館
  • 林原美術館
  • 岡山県立博物館
  • 岡山県立美術館
  • 倉敷市立美術館

上記の美術館では、刀装具から香炉、置物、額装など、時代ごとに異なる作風を反映した正阿弥勝義の金工作品を鑑賞できます。写実性や象嵌技術、そして意匠の妙が堪能できる展示は、正阿弥勝義の技術力と芸術的センスの高さを実感させてくれるでしょう。

また、東京や京都、岡山など各地に所蔵館が点在していることからも、正阿弥勝義がいかに多くの場所で評価されてきたかがうかがえます。実物を通して、素材の質感や立体感、細部へのこだわりを肌で感じることは、図録や写真では得られない貴重な体験となるでしょう。

銀座真生堂では明治期の作品を取り扱っています

銀座真生堂では、正阿弥勝義の作品と同じ時代に作られた明治の工芸品「七宝焼」を取り扱っております。七宝焼は美しい模様や色彩が表現された、現代の技術では再現できないとされる超絶技巧品です。

銀座真生堂は、唯一の明治期の七宝焼専門店として常時、並河靖之、濤川惣助など名工の作品を保有できています。美術館などでガラス越しにしか見ることが出来なかった並河靖之、濤川惣助の作品を実際にお手に取って鑑賞、ご購入出来る唯一のギャラリーです。

また、銀座真生堂では所有している作品を美術館での展覧会などへ貸出すなど文化活動も行なっております。ご興味のある方は、気軽にお問い合わせください。

まとめ

正阿弥勝義は、江戸末期から明治・大正にかけて活躍した日本を代表する金工家の一人です。刀装具制作に始まり、時代の変化とともに美術工芸品へと表現の幅を広げ、圧倒的な技術力と芸術性で数多くの優品を生み出しました。

精緻な彫金と写実表現、高度な象嵌技法、そして実用性との融合は、彼の作品に独自の価値と深みを与えています。また、国内外の美術館に所蔵されていることからも、その功績と評価の高さがうかがえます。

現代においても、彼の作品は日本の工芸文化の粋として人々を魅了し続けています。金工に興味を持つ方にとって、正阿弥勝義の歩みと作品を知ることは貴重な機会となるでしょう。

執筆者
銀座真生堂
銀座真生堂
メディア編集部
七宝焼・浮世絵をメインに古美術品から現代アートまで取り扱っております。 どんな作品でも取り扱うのではなく私の目で厳選した美しく、質の高い美術品のみを展示販売しております。 このメディアで、美術品の深みや知識を発信していきます。
記事URLをコピーしました