5月15日 七宝と林小伝治

こんにちは!

今日は林小伝治という名工についてお話しようかと思います。

七宝焼が明治期に外貨を稼ぐ為に輸出されていたことは皆様ご存知かと思います。

ただ外国人に最初に七宝焼を販売したのは林小伝治と言われております。

まだ金銀銅の輸出が禁止されていた江戸末期のこと、、、

小伝治は外国人に対し七宝焼を販売しようと思い立ったそうです。

しかし素地が銅で作られている七宝焼を外国人に販売してしまうと法律違反になってしまいます。それでも将来七宝焼の販路を拡大する為には外国人にも販売しないといけないと考えた小伝治は行商に出発します。

七宝焼を蚕の種紙を詰め込んだ篭の中にしのばせ、それを天秤棒で担ぎ、尾張の養蚕商と名乗り、関所を通過したそうです。

目的地は横浜の外国人居留地でした。

当時開港直後の横浜には多くの外国の軍艦が停泊中でした。

小伝治は小舟を入手し、夜を待って軍艦に近づいていきます。

軍艦に乗ることが出来た小伝治は持っていた七宝焼を売ることに成功しました。

この時、七寸の茶壷と八寸の花瓶が売れたと伝えられています。

後の時代に七宝焼が海外での万国博覧会で賞を受けたりなど、外国人の愛好者が増えたりしましたが、歴史上初めて七宝焼を海外に売った日本人は林小伝治といわれております。

そして博覧会などで数多くの賞を受賞した小伝治は尾張を代表する七宝作家となっていきました。

真生堂では林小伝治の作品も取り揃えております。

お時間ございます方は是非お店までお立ち寄り下さい。

 

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