並河靖之 略歴年譜

1845【弘化2】年

武州(現、埼玉県) 川越藩主松平大和守の家臣、高岡九郎左衛門の三男として、91、京都柳馬場御池に生まれる。幼名留蔵。

1855【安政2】年

青蓮院宮侍臣並河越前介靖全の養嗣子となり、名を政次郎と改める。

靖全没後、その 10 月家督を相続すると同時に青蓮院宮近侍となる。

1858【安政5】年

元服、名を主税と改め、諱を靖之と定める。

1859【安政 6】年~1863【文久3]

徳川幕府によって幽閉されていた青蓮院宮に奉仕。文久3年春、幽閉を解かれた宮は還俗し中川宮と改称、引き続き奉仕する。

1864【元治元】年

中川宮が賀陽宮と改称、賀陽宮家従となる。

1869【明治2】年

賀陽宮が安芸国広島に誘居され、随従奉仕する。

1871【明治4】年

賀陽宮帰洛、伏見宮に復籍、その家従となる。

1873【明治6】年

実業に志し、宮仕えの傍ら七宝焼の製造を始める。食籠を完成。

1874【明治7】年

伏見宮が久邇宮へと改められ、その家従となる。

尾張の桃井英升から七宝の技術指導を受ける。

1875【明治8】年

4回京都博覧会に初めて七宝花瓶を出品、有功銅賞を受賞。

1876【明治9】年

横浜・ストロン商会と5年間の契約を結ぶ。フィラデルフィア万国博覧会にて銅賞を受賞。

1877【明治 10

1回内国勧業博覧会に花瓶を出品、鳳紋賞牌受賞。

1878【明治11】年

パリ万国博覧会に銀製七宝茶入を出品、銀賞受賞。

久邇宮家従を辞し、七宝製造業に専念する。

1879【明治12】年

京都府の命により、博覧会品評人となる。

1881【明治14】年

2回内国勧業博覧会に銅器七宝花瓶を出品、入賞する。

1883【明治16】年

アムステルダム植民地産物及び

一般輸出品万国博覧会に出品、銀賞受賞。

1885【明治18】 年

ロンドン万国発明品博覧会に出品、銅賞受賞。

ニュールンベルク金工博覧会に出品、銀賞、紀年賞受賞。

ニューオリンズ万国博覧会に出品、一等金賞受賞。

1888【明治21】 年

バルセロナ万国博覧会に出品、銀賞受賞。

1889【明治22】 年

日本美術協会会員になる。

パリ万国博覧会に出品、金賞受賞。

1890【明治23】年

京都美術協会評議員となる。

第3回内国勧業博覧会に出品、妙技一等賞受賞。

1892【明治25】 年

京都市美術工芸品展覧会に瓢形花瓶を出品、金牌の功労賞を受賞。

1893【明治26】年

緑綬褒章を受章。

シカゴ・コロンブス万国博覧会に出品、銅牌を授与される。

1895【明治28】年

第4回内国勧業博覧会に出品、妙技一等賞受賞。内閣より同博覧会審査官を命ぜられる。

1896【明治 29】年

帝室技芸員となる。

1900【明治33】 年

パリ万国博覧会に四季花鳥図花瓶を出品、金賞受賞。

1903【明治 36】年

第5回内国勧業博覧会に出品、二等賞受賞。

1904【明治37】年

セントルイス万国博覧会に出品、金賞受賞。

1906【明治39】 年

賞勲局より勲章製造の特命を受け、勲章工場を設立。

1910【明治43】 年

ロンドンの日英博覧会に出品、金牌を授与される。

1918【大正7】年

山科に鯉恋荘を造営。

1922 【大正 11】 年

エドワード皇太子(8世)、並河邸を来訪。

1923【大正 12】 年

七宝工場を閉鎖。

1927【昭和2】 年

5月24日、83 歳にて病没。特旨をもって位記を追賜、従七位に叙せられる。

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