尾張七宝の始まり。

江戸時代、尾張の梶常吉が、オランダ船により輸入された七宝を手がかりに製法を苦心して研究した末、七宝の製造 に成功し、尾張七宝の礎を築きました。
明治以降、尾張地方を中心に七宝の製造が広まり、ドイツ人技師ワグネルの師事を受けて釉薬が改良され、透明で鮮やかな色彩の七宝ができるようになると、国内外での評価、需要が著しく高まるようになりました。

ちなみに七宝を外国人に初めて販売したのは尾張の林小伝治で外国人が乗っている船に乗り込んで自ら手売りしたと言われております。

第二次世界大戦中には銅の使用制限や奢侈品の販売制限などがあり、業界は危機的状況に陥りますが、業界が一丸となり技術保存に努めました。空襲により名古屋の七宝業は焼失しますが、戦後、進駐軍の土産品として七宝が好まれ業界は好況期を迎えました。

関連記事

PAGE TOP